投稿者:鵜飼 柔美
3日間のリトリート(Reflective Retreat)を終え、「共創モニター」として参加くださった皆様からのアンケート回答が出揃いました。
実に20問のうち15問が記述式という、たくさんの質問に真剣に向き合ってくださった皆さまの言葉は、まさに弊社にとって宝の山です。本当に感謝でいっぱいです。
さて、その回答の結果ですが、まず満足度を示す点数は全員が10点満点。やらせかと思われちゃうっていうほどの驚愕の数字です。
しかし、主催者としてこの数字を裏付ける皆さんの意識の変化や行動変容を目撃していたので、大変贅沢な話ですが納得できるのです。
何より、このアンケートの回答について、過半数の方から「自分の内側で起こった変化を書き表すための、しっくりくる表現ができるまで、少しお時間をいただきたい」と連絡をいただきました。
今回の募集はあっという間に満席になりましたので、先着5名の皆さんは、通常パッと判断して、パッと動ける。いわば通常は優等生の方ばかりです。その多くが「パッと答えを書きたくない」という状態になっていること自体が、ひとつの変容の証拠だと感じています。
そのような変容がどんなふうに起こっていたのか。まずは、【当日までの準備段階】について振り返ってみようと思います。
実はこのプログラム、3日間のために、その「10週間前」からアプローチを始めていました。
毎週1つずつ、参加者のグループLINEに「正解のない問い」を届ける、『心のアイドリング』というプロセス設計です。
なぜ、たった3日間のために、10週間もの時間を費やすのか。
それは、私たち現代に生きる者が、常に「即答」と「正解」を求められる環境に身を置いているからです。
そんな状態のまま、いきなり豊かな自然の中に連れていき、「さあ、日常を離れて内省してください。リフレッシュしましょう」と伝えても、本質的な内省は起きません。 脳がいつものように「求められている正解(それらしい言葉)の発表準備」を始めてしまいます。

実際、今回の参加者(経営者・カウンセラー層)の方も、アンケートにこう書いてくださいました。
●「最初は、問いに対して答えを出して、誰かに発表をする準備のようなことをしていました」
●「『問いを待ち続ける』とはどういうことか分からず、まったく進めない、動けない感覚でした」
ビジネスにおいて必須である「即答する力」が、自分と向き合う場面では、逆にブレーキになってしまうのです。
だからこそ、10週間という時間が必要でした。
毎週届く、スッと答えの出ない問い。
誰かのために答えるのではなく、正解があるとすれば自分自身の正解。
でも正解の基準がわからない。
それを無理に答えを出そうとせず、あえて脳内に留めておく。
「問い」を送るとき、私はよく「問いをポケットに入れておいてください。入れてあることを忘れても大丈夫です。持ち続けることの練習です」と伝えていました。
不確実性に耐える力に、日常の中で少しずつ慣らしていったわけです。
すると、10週間が経つ頃には、明らかな変化が訪れます。
●「わからないのだから、わからない、でもいいのかもしれない」と、答えを出すのを諦めるような、答えが出せない自分を少し受け入れる状態になっていた。
●「問いを持ち続けることに慣れた気がします」
固定化されていた思考が本番前にゆっくりとほぐれ、内省を受け入れる土壌が整っていったのだと思います。
リトリートを単なる「一過性のリフレッシュイベント」で終わらせない。
日常に還った後も機能し続ける「内省のインフラ」にする。
3日間を最大化するための、10週間の企て。
プログラムの中の「対話のセッション」では、長いときで2時間もの全員の沈黙がありました。
この沈黙のなかで参加者は、自分のなかに確かにいた、しかし忘れられていた自分と出会い、それを肯定していかれたのです。
次回は、ファシリテーターとして、「思考を深めるための沈黙」をどう扱ったか、その関わり(観察)について振り返ってみます。
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