投稿者:鵜飼 柔美
先日、父のきょうだいである叔父、叔母と名古屋で会食をする機会がありました。
懐かしい話に花が咲き、楽しい時間を過ごしたのですが、その夜、私の内側に大きな変化が起こったのです。
名古屋で叔父や叔母と再会した会食の席で、「私の知らない母」の姿がたくさん語られました。
「お義姉さんにこうしてもらった」 「あんなことを言ってくれた」
義理の弟妹に慕われていた母を改めて知り、私は少し不思議な感覚に陥ったのです。
実は、私は母と「遅すぎる反抗期」の最中に別れたままでした。
私はもともと母と仲が良く、母の価値観のなかで母が喜ぶ選択を積み重ねてきた人生でした。
商家に嫁ぎ、婚家とサラリーマン家庭の実家との価値観の板挟みになった時も、今度は婚家の価値観で生きようとしました。
やがて、カウンセリングを学び始めた私は、実習のなかで他人の価値観で生きてきた自分に気づいたのです。
「なぜこの行動をとるのか」 「私自身はどうしたいのか」
学びを続けることは、自分自身の物語を見直し、改めて問い直すことでした。
やがて、少しずつ遅い遅い、自我の芽生えが始まったのです。
数年経って夫から離婚を告げられた私に「一卵性親子だからあなたの辛さはわかる」と言う母を「これは私だけの気持ちだ」と拒絶するという「反抗」をしました。
聖母だった母は一人の生臭い「人間」になりました。 私は母の弱さや執着ばかりに目を向けるようになり、認知症を発症して別人のようになってしまった和解できぬまま、数年前に母は鬼籍に入りました。
母に対する複雑な思いが止まったまま数年。
叔父や叔母から母の光の部分を思い出させてもらった夜、不思議なことに母が夢に出てきました。
久しぶりに会う、優しいときの母。
夢の中で手を握られたような感触とともに目が覚めた朝、私はようやく、生身の母と和解できた気がしました。
箱庭では、母の象徴として二つの人形がよく置かれます。

慈愛に満ちた「聖母マリア」 愛ゆえの恐ろしさを孕む「雪女」。
誰にでも光と影があります。
慈しむ心が心配を生み、それが束縛や執着に変わることもある。
その両方を受け入れられず、片方の面ばかりを見ていた私は、長いトンネルを抜けてようやく母の両面を静かな心で受け入れられるようになった気がしています。
もうすぐ、母の日ですね。
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